ユーザー企業にジョインすることの意味

年末だったり年度末だったり、他にも月終わり月初めといった、基本的には月中ではなく月末月初ですが、『転職エントリー』をよく目にします。いわゆる、「〇〇社を退職しました」「△△社に入社しました」的なヤツです。私は結局書きそびれてしまいましたが*1、退職するエントリーでは該社での実績アピールであったりやり残したことやわかれゆく仲間への思い、就職するエントリーでは前職のアピールもさることながら、該社で求められている姿を明示、今後のキャリアプランについて希望溢れる内容を書き連ねていることが多いように思います。

他人さまのことですが、ふぅん、って感じ

まぁ普通に考えて個人のブログなんてそんなもんでしょ、と思いますが、読後感想があるとすれば、「ふぅん」と思うくらい。まぁこのブログの読者の方もそうお思いだと思いますし。

実績のアピールに関しては、気付きにつながることは多いです。ある社内での課題解決方法として、どのようなフレームワークを使い、どのような意思決定プロセスを経て、どのような開発プランを練ったのか、みたいなことは、読んだ直後は本当に「ふぅん」ですが、実務上での躓きがあった時には他社における成功例として参考にできることもあって、頻度は高くないですがなんとなく読んで覚えていたりします。

やり残したことについても同様に、と言うかこれは反面教師としての側面が大きいのですが、失敗をした事例として参考にすることは多いです。特に「できなかった理由」についてはきちんと分析をされている方が多いので*2、プロセス部分を構築するときの参考にすることは多いです。

『求められている姿』については、「まぁそりゃそうだよな」としか思わないので読み飛ばすことが多いセクションです。そもそもヘッドハンティングされて入社している場合であれば、求められている姿についてはきちんと説明があって、いや、ヘッドハンティングをされるような人材であればそのあたりは説明をきちんと受けていなくても自分なりに理解をしているでしょうし、一般的な転職であったとしても、自分がこれから配置される場所については理解をして転職をしているはずですし、その認識には間違いがないはずです。

エンジニアがユーザ企業にジョインする場合の「立ち位置」

SIerから別のSIerに転職するとかいうケースであれば、だいたい(その道の)スペシャリストとしてそのまま入っていく、というパターンと、管理系の業務を行うパターンのどちらかになるのですが、エンジニアが例えばSIerからユーザ企業への転職をする場合、上記いずれのパターンであってもSIerとは違う意味合いを持っていると私は思っています。そして、それを理解できていないで転職してしまう人が多いのではないかな、と感じていたりします。

ユーザ企業が求める「(その道の)スペシャリスト」

例えば私であれば、「PHPPythonは書けるし、Javaはそこそこ使えるけどC/C++は苦手」なソフトウェアエンジニアであって、ハードウェアエンジニアやインフラエンジニアではないわけです*3。ですが、ユーザ企業にしてみたら、プログラムを書ける人(=ソフトウェアエンジニア)は「『パソコン』のことにとても詳しい人」に映るわけです。私自身の実体験として、ソフトウェアエンジニアとしてずっと生きてきたわけですが、非エンジニアの人たちから『パソコン』についてのアドバイスを求められることは多々ありましたし、『パソコン』の『ソフト』の使い方についてもよく聞かれたりしています。

スペシャリスト」としてユーザ企業が求めているのは、プログラムのスペシャリストではなく、IT全般に関するスペシャリストであるということは見落としがちではないかな、と思います。少なくとも私の知っている「ソフトウェアエンジニア」諸氏は、プログラムを書くだけではなく、ハードウェアを含めた『パソコン』に関する広範な知識を持っていますしインフラについても知識は豊富で*4、特にこの点で困ることはないのだろうと思っています。

ユーザ企業が(エンジニアに)求める「管理系」職種

スペシャリストはどちらかと言うと「社内SE」と言った方がよい仕事内容になるのですが、これとは別に「管理職」としての職責を求められるケースがあったりします。特にエンジニアという前職経験からは、プロジェクトマネジメントの経験であったり開発の上流工程経験だったりを求められ、その経験をユーザ企業の内部で発揮してほしい、という希望を持たれることがありますが、エンジニアは特にこの意味を勘違いすることが多いかもしれないな、と思っています。私がそういう方にお会いすることが多いから、かもしれませんが...。

ユーザ企業とシステム構築について相談するケースは多いのですが、私が開発側に立っているときに、ユーザ企業側の担当者さまが「元SE」ということも結構な頻度であるのですが、たまにユーザ企業側の立ち位置について勘違いをされていることがあったりします。

私の友人を吊るし上げるようで申し訳ないと思うのですがまぁ古い友人で「お前が悪い」と指摘もしている件ですので悪例としてご紹介をします。もともと大きなSIerでエンジニアを長く勤め、更に中間管理職も経験した、かなり腕利きのSE、という友人で、一身上の都合により、というヤツでユーザ企業に転職したのですが、旧知の中ということで私にユーザ企業で使っている基幹システムのリプレース、というなかなか大きな仕事の相談をしてきました。

要望としては、「他の企業からの提案も来ているので、最終的には提案を比較して発注をしたい」という初期フェーズからの依頼。要件に関しては友人も転職してすぐできちんと把握ができていないこともあり、ヒアリングベースで進めようかと考えていたのですが、友人いわく「ヒアリングはこちらでやるので要件定義まではこちらで出す」「要件定義に合致した提案をしてくれればいい」という言葉を信じて『要件定義』を待っていたのですが一向に出てこないんです。状況を確認すると、「資料ができてない」と。他の仕事があるので、というのでこちらで巻き取るべく相談を始めたのですが、なぜかその時点で彼の手元にあった資料はシステムの『詳細設計書』レベルの内容。

開発をする側としては、現状についての簡単なヒアリングだけしかできておらず、その状態で中途半端なレベルの『詳細設計書』を見せられて、お客様に対して、ではなく友人としてブチ切れたわけです。その時点で必要なのは要件を取りまとめることであり、個別要件に対して設計書を作る段階ではないわけです。そもそも、システムの開発を他社に依頼するのだから、システム設計は他社が行うべきことであり、ユーザ企業が基本部分の設計も未確定なのに詳細設計書を作るってどういうことだ、と。

ただ、彼も会社からは「システムをリプレースするための企画をし、提案を取りまとめよ」という指示をもらっていて、そのためにRFP(提案依頼書)を作成するつもりでいて、私と社外で雑談をしていた時に提案していたプラットフォームを採用することを前提に、つまり私に有利になるようなRFPを作るつもりであった、という申し開きがあったのですが、更に聞けば、同じプラットフォームを使ってシステム構築をするという別のSIerが出現したらしく、しかも私より安価な見積を出してくるので、もっと細かいレベルで指示をすることで彼らに諦めてもらいたいとかそんな理由でとにかく難題を仕様に盛り込むべく資料を作っていた、と。

ありがたいことだ、とは思うのですが、当然「難題」が突きつけられればこちらも手数が増えて見積額も増えるわけですし、ベースとなる部分の見積金額から見直すべきところを見直すこともできない状態で、最終的に(前述の通り)提案を比較したうえで決めるという条件で、業務要件が未確定な部分も多かったため資料作成は難航、更に金額も他社に比べて高めの提示をせざるを得ない状況になってしまったこともあって(他にも要因はたくさんあるのですが)失注してしまいました。

エンジニア上がりだと「システムを作る」=設計書を作ることと勘違いをしてしまうのでしょうが、ユーザ企業が求めているのはシステムを作るための要件を取りまとめることです。

実際には「スペシャリスト」と「管理系」のどちらも求めている

ちょっと失敗話が長くなってしまったのですが、彼のもう一つの過ちは、自分が「スペシャリスト」という立ち位置だと勘違いをしていたことです...、いや、この書き方は正しくないな。本来彼の職責はスペシャリストであると同時に管理職でもあったのですが、入社してすぐ、ということもあって、管理系業務に関してはまだ上司にお伺いを立てる必要があったのです。当時の社外での雑談でもその「愚痴」は聞いていて、私も上司攻略法をいろいろと伝授した記憶もあるのですが、どうやらその攻略法は使ってもらえなかったようで(本人曰く「忙しくてそれどころじゃなかった」)、結局その時には職責を果たせませんでした。

ユーザ企業としてはシステムの刷新などについては経験者が少ないわけで、できるだけ「システムのこと」をわかっている人に参画してほしいと思うわけで、最終的にCTOレベルまで職責を果たしてほしい*5と考えているわけです。そのためには社内における折衝能力も必要になるでしょうし、他の人たちに比べても圧倒的に自分が優位であることを早めに見せつける必要もあるわけです。

わかっている人はそう振る舞うはずですが、わかっていない人はそういう振る舞いができず、ちぐはぐな対応をすることになり、社内からも社外からも「あの人はいったい何者?」と言われるようになるわけです。私の知己に(先ほどの友人も含みますが)そんな憂き目にあった人はいないようですので安心していますが。

私だったらどうするか

そういう「理屈」を理解したつもりで私はいるので、できればユーザー企業へのジョインはお断りしたいかな、と思っています。少なくとも今の時点では、ですが。

まず、「自分が作る」という部分で、ユーザ企業が求めている要件の取りまとめという作業だけで終わってしまう(それ以降のテストや運用までお預けを食らう)というのはちょっと『面白くない』と思っています。手を動かして実際に動くシステムを作る方が今は楽しいと感じていて、そういう意味では最初の企画から運用の手伝いまで、ずっと関わることができる案件はとても魅力的だったりします。

ユーザ企業に入ることによって、自分の「IT全般」に関する知識の深さがどこかで止まってしまうことへの恐怖もあります。今はIT業界で働いているので、IT全般に関する知識は当たり前のように入ってきます*6が、技術を追求するためにはどうしてもその知識を深堀する必要があり、それも今の仕事の一つになっていますし、これも楽しい仕事です。でも、ユーザ企業に入ると、もちろん技術的な知識も必要にはなるものの、それよりも実務的な知識のほうが圧倒的に必要になります。特に今までシステム構築の経験がない業種だったりすると、まず業務知識が必要になり、そちらを深めることが大切になってきます。IT技術の追求よりよほど大切なことです。

それこそお金を積まれて更に三顧の礼を持って招聘されるのだとしても、私にとって楽しくないのでごめんなさい、という話です。それでも、どうしても私のような風変りな者を雇っていただける会社様がおられるようでしたら個別にご連絡をいただければ検討させていただきます。*7

余談:ある「退職エントリー」を読んだ

どこの誰、とは言いませんが、「退職」をした方のエントリーをSNSで拝見しました。大手の企業に長くお勤めで、書籍も出されたことのある、エンジニアさんとのことでした。SNSの書き込みでしたので文字数もそれほど多くなく、サラッと書かれたのだろう、とは思うのですが、実績に対して具体的な施策の紹介がなく、必要なことですが前職のお世話になった方たちへの謝意が投稿の半分程度を占め、今後の展望についても、次の就職先が決まっていないこともあるからかとてもざっくりと概念的で、正直「面白くない」エントリーでした。次の仕事に急いで就く必要性がないのだろうとは思うのですが、だったらSNSでいかにも商売っ気がありそうな感じで投稿する?と感じました。

自分をマーケティングする、という観点で考えると、退職エントリーに限って言えばアピールの場になりうるわけですし、特にコロナの影響もあったりして就職・転職市場も落ち込んでいる中、うまくアピールすれば仕事がもらえるだろうに、と、もう一度読み直してみたのですが、どこか「自分は過去の実績があるよ」「自分だけではなく周囲の人たちのおかげだよ(棒)」という、アピールポイントは過去の実績(しかも経験が豊富だ、というレベルでしかない紹介)のみで、このエントリー自体が何かを生み出すとは思えません。

せっかく早期退職をしたのだし*8、多少蓄えはあるとしても今のご時世仕事を確保できなければしばらく仕事にあぶれてしまうでしょうし、もっと積極的に仕事を獲得すべくエントリーを書くべきではなかったかなぁ、と他人事ながら思いました。

*1:最後に勤務していた会社を退職したのは2014年で、当時もブログは一応運営していましたが、今のようなシステマチックな運用になっていなかったことと、ネットへの掲載について大変厳しい会社であったこともあり、更に当時は転職エントリーが流行っていなかったこともあって書いていませんでした。思い残したこと、やり残したことはたくさんありますが、結構今のブログの中でそのうっぷんを晴らしているような気もしています。何を隠そうこの記事もその「思い残し」が一部含まれていたりします...。

*2:そういうことができる人だからヘッドハンティングされるんだよな、と正直思います。

*3:看板に出していないだけでインフラに関しては実務経験も多少ありますし、趣味レベルでも取り扱っているのでハードウェアについても一応対応は可能です。と宣伝と言うか言い訳をしておかないとね...。

*4:私も同様ですが、趣味レベルから始めていて、いわゆる「ヲタク」的な知識も多々持ち合わせているのですが、例えばシステム設計における非機能要件の選定等で机上設計を数多くこなしていたり、その設計をもとにしたハードウェア・インフラ構築や運用を経験しているので、非エンジニアのヲタク諸氏に比べれば実務に耐えられるレベルの経験は持っています。

*5:それに見合う報酬を支払う用意があるかどうかは知りませんが...。私も一度CTO候補という名目で会社に入って、なぜか私が入社した直前に入社したというもう一人のCTO候補の新入社員に「年下+後輩だから」という理由でこき使われ、安い給料をもらっていたことがあります。その会社はそもそもCTO候補が2名もいらない、という理由で早々にクビになりました...。

*6:それでも追いかけきれないほどの大量の情報が流れてきます。

*7:地位も報酬も保証し、私のわがままをいろいろと聞いてくれる、という私にしか利のないような条件が提示されれば検討させていただきますが、まぁそんな会社さんいないと思いますので...。

*8:企業の規模感とこの方の勤務期間から現在年齢を割り出すと、自主的に退職したのではなく企業の早期退職プログラムで退職をせざるを得なかったのでは、と推測をしています。「実績」も大変だなぁ、と思う程度で特に大きな実績ではなさそうですし...。