承認欲求とフリーランス(2020冬期クラウドソーシング事情)

クラウドソーシングのアカウントを持っている企業さんをTwitterでフォローしているのですが、モチベーションアップ向上を意識しているのか、結構な頻度でユーザーの声のリツイートをしています*1

その中で、気になるリツイートを見つけてしまいました。フリーランサー某氏を晒すつもりはないのでこんな感じのツイートであった、という紹介ですが。

ランサーズのランクが上がった!提案が採用されるようになった!

モチベーション上がる!俺、もっと頑張る!!

朝の仕事準備をしながらふとそんなツイートを目にして、一部の「フリーランス」のモチベーションの要素の中には承認欲求が非常に強いのではないか、そして、すべてのフリーランスのモチベーション要素の中に承認欲求が必ず存在するのではないか、と思ってしまったので、少し考えをまとめてみたいと思います。

「承認欲求」というバズワード(≠心理学・社会科学的要素)

「若者」*2SNS投稿モチベーションの要素としてよく挙げられる「承認欲求」という言葉ですが、心理学的でもなければ社会科学的でもなく、単にSNSに書き込みまくっていいね待ちをしている人たちが『かまってちゃん』であるということをそれっぽく言っているだけに過ぎないようにも思います。 ただ、『かまってちゃん』であるということ自体は心理学的に言えば他者からの愛などに飢えている状態だとも取れますし、社会科学的にも自己の存在を認めてほしいということであるとも言えるので、用語として正しくないわけではないです。 でも、やっぱりそういう意味よりは「アイツかまってちゃんだからうざいよね」が「SNSの書き込みの多さ承認欲求強すぎてキモイ」と言い換えられただけのように見えるんですけどね。

マーケティングにおける「承認欲求」

マーケティングの要素には心理学的な部分が多いです。人の心をどのように打つのかと言うのは運でも経験でもなく、人の心の分析ができているからこそできる技術であり、その技術の基礎研究の一部となるのが心理学です。 そんなマーケティングの中で承認欲求は「マズローの欲求5段階説(自己実現理論)」という理論で語られます。詳しくはWikipediaを。

ja.wikipedia.org

承認欲求は精神的(内的)な欠乏に対する欲求である、とざっくりと言ってしまいますが、結局のところは自分の心が満たされていない、という状況になるわけです。そして、心が満たされていない理由が、他者から認められていない、ということになる、と。

マーケティングの場合、商品の訴求ポイントとして肉体的な欠乏のみに訴えかけるのは商品を必要としている人たちにとっては有効なわけです。例えば食べ物。「おいしいよ」「甘いよ/辛いよ」などなど、いま目の前にいる消費者がおなかが空いていれば食べたくなるような仕組みを作ってあげれば買ってもらえる確率は上がるわけです。

ではいま特に必要としていないものはどうすればいいか。例えばクルマ。承認欲求をくすぐるマーケティング施策(と言うかCMのキャッチコピー)の好例として挙げられるのがトヨタ・クラウンの昔のキャッチコピー、『いつかはクラウン』。今買って、ではなく、いつかその時が来たら、という売り方。もちろん、高級車を買うことができるのは社会的ステータスが高い人になるのですが、自分でステータスが上がったと感じた時にふと思い出すわけです。「あれ?何かが足りないなぁ」。高級車を買うことができるというステータスを手に入れた時、初めて高級車を買おうと思った時に思い出す、というのがこのCMの仕組みであり、承認欲求をくすぐるマーケティングのわかりやすい例なんです*3

あるフリーランスのツイートをマズローの説から見る

5段階欲求のうち、承認欲求までの4段階は内的な欲求であり、もう一つの『自己実現欲求』が外的な欲求と言われています。自己実現=成功と言い換えられることがありますが*4、より自分を高みに置きたい、という要素が強いわけです。この時点ではすでに「認められている」、承認欲求は満たされた状態であると考えてよいわけです。

さて、もう一度先ほどのツイートに戻ります。

ランサーズのランクが上がった!提案が採用されるようになった!

モチベーション上がる!俺、もっと頑張る!!

自己実現のメッセージ、承認欲求のメッセージ、どちらともとれるんですが、ちょっと「自己実現メッセージ」とするには弱いのかな、と思えます。ランクが上がったことで自分の提案が通りやすくなったと言うのは、ランサーズのシステムの仕組み上、ランクが上位の「ランサー」の方が提案表示の順番が早くなる(上の方になる)=目に留まりやすい、ということを意味しています。もしこれが「自己実現欲求」なのだとしたら、随分目標としていることが小さすぎやしないだろうか、と思います。ランサーズ内での評価はあくまでもランサーズというコミュニティの中での相対的評価であり*5、そこが目標でありモチベーションの源泉になる、というのはちょっと「志が低い」ように思えます。

逆にこれを「承認欲求メッセージ」と取るとしっくりとしやすいのは、相対的であれ何であれ、『ランクが上がった』というところを認めてほしいのではないか、と考えられるからです。着実に(内部の)ランクを上げて、更にランクが上がっていくであろう仕組みを提供してくれている、ということは分かっているはずですから、その仕組み自体はまさに承認欲求を満たしてくれる仕組みなのですが*6、その仕組みを説明しているに過ぎないこの内容が、自己実現に向けての新たな決意表明であるとは感じられません。

このワーカー(ランサー)さんがライター業でないことを祈るばかりです。

承認欲求と自己実現欲求は表裏一体

マズロー氏、実は後年こんなことをおっしゃっていたようです。

5段階欲求の階層は逆だったかもしれない

この発言のソースはどこにも見当たらないのですが、これを「伝え聞いた」コトラー氏がマーケティング理論として自己実現ベースのマーケティング施策提案をしています。いわゆる「マーケティング4.0」とかそういうのです。

そしてもう一つ、やはりマズロー氏の晩年の話ですが、自己実現欲求の考え方を自己批判して、「自己実現欲求の更に上位に『自己超越』段階が存在している」と言う、自己実現をした者の境地、的なことをおっしゃっています。若干「トンデモ理論」っぽくてあまりこの理論自体の信ぴょう性は薄いようにも思えます。

そもそも5段階欲求理論も非科学的だと批判が多いものなのですが、内面の満たされなさを満たす欲求と、外側(自分がしたいこと)を行うという行為に対する「モチベーション」と言う欲求があるという表裏一体の考え方は特筆すべき部分かと思います。

私自身もそうですが、フリーランサーとして成功したい、と考えること自体は自己実現欲求としてとらえてよいはずですが、その反面、成功したいという気持ちそのものは他者から認められたいと考えている、つまり承認欲求なのではないか、とも考えられるわけです。そして、どちらの欲求か、ということを論じること自体ナンセンスだったりします。

どちらとも捉えられるのであればそれはそれでいいのです。自分がこうなりたい、と考えることは自己実現欲求の表れであり、それを口外して表現することは自己実現欲求の承認をしてほしい、ということ。「有言実行」パターンはどちらの欲求も満たしている、と考えればそれでいいはずなんです。

まさかの本題がここに(クラウドソーシング事情について)

まぁそんなわけでクラウドソーシングの定点観測をしているのですが、最近は良くも悪くも、自分自身を認めてほしい、という承認欲求が非常に強いワーカーが増えてきたのかな、という印象を受けています。特に若い、20代前半の子たち。アルバイトより割のいい、社会人になる前にそれなりの経歴も作れる、と考えた大学生あたりが増えたのかな、というところでしょうか。

ここ最近の傾向としてひとつの案件に対する応募数がすごく増えたように思えますが、どうやらその応募のほとんどが提案なしのものであるとも聞きます。金額だけ入れて応募、みたいな感じで、プロフィールを見てもらって判断してもらって、「当選すれば」やります、みたいな感じなのでしょう。良し悪しは別にして随分合理的だなぁ...。就活みたいな感覚なんでしょうかね。

そうなってくると、ランク付けによって提案の掲載順位が変わってくるというモチベーションも効果が出てくるわけです。きちんと提案もするし、ランカーだし、ということで目に留まりやすくなる、と*7。システムも活発に動いてくれる若いワーカーたち寄りに改良されて行っていますし、昔ながらのフリーランサー風情ではちょっと太刀打ちできないかもしれないですねぇ。

*1:ちなみに私はクラウドワークスとランサーズの2社をフォローしていますが、よりユーザーのリツイートをする傾向にあるのはランサーズです。本文中でも述べていますが、ユーザーのモチベーションは総じてランサーズの方が高いですよね。クラウドワークスユーザーがそうでないわけではなく、「積極性が高い」と言った方が正しいかもしれないですけどね。母数であるワーカー数の中で積極的に仕事を取りに行こうとしている人がランサーズに多いのでしょう。

*2:って誰だよ、と思いますけどね。

*3:そして、このキャッチコピーは実は1980~1990年ごろに使われていたものなんですが、クラウン自体の売り方も2000年代前半から「だれでも買えるクルマ」的なイメージに変わっていきます。2003年モデルの『ZERO CROWN』というキャッチフレーズであったり、2012年モデルの発表会で話題になった「ピンクのクラウン」やドラえもんを起用したCMなど、ステータスのある人が乗る車から誰でも乗れる高級車と言う販売方針の変更があったことが見て取れるという意味でも大変マーケティング的に興味深いCMなんです。

*4:そういう意味では先ほどの「いつかはクラウン」も、自己実現欲求に踏み込んだ訴求なのかもしれないな、と思いますが。

*5:もちろんあるコミュニティ内で評価が高いということは一般的なフリーランサーとしてもそれなりに高い評価を得られることは言うまでもないですが。

*6:基本的にクラウドソーシングプラットフォーム内での「評価」はワーカー側に限っては質の良し悪しよりはワーカーのモチベーションアップが主目的のように思えますけどね。

*7:ただし、そういう提案がきちんとできているからランクに関わらず採用される、という根本的な要素はあるんですが。どっちが先か、という話なんですけどね。